双極性障害解決法:双極性障害・うつ病は一生付き合ってく病気なのか?

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双極性障害やうつ病の精神疾患とは一生付き合わなければならないと不安になる少女 ★双極性障害-体験談
双極性障害やうつ病の精神疾患とは一生付き合わなければならないと不安になる少女

 

こんにちわ。

双極性障害でフルタイムで働いている吉川です。

 

今回は、

双極性障害やうつ病と一生付き合っていかなければならないのか

について伝えたいと思います。

 

私が25歳の時に、うつ病と診断されました。

それから干支は一周し今に至りますが、今が一番調子が良いです。

 

だからこそ、こんな人が居るのだと安心してほしいのです。

ゆったりとお伝えします。

 

その他、私の多数の体験談は↓こちらから全て見れます。

私の双極性障害体験談-すべての一覧

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病院に行ってもよくならなかった

 

25歳の時に体が重く、そして思考が悪い方しか向けなくなりました。

もしかしたら「うつ病」かも。

病院に行ってみたら一発で「うつ病」と言われました。

 

今思えば、何の検査もしないで30分くらい話して診断がされたのかわかりません。

その時、もうちょっと私が上手く説明できればよかったかもしれませんが、それは先生の方にもんだがあるような。

 

確かに仕事で追い詰められていて、当時はパワハラが普通ですから。

気が抜けてふと道端で涙があふれてきました。

涙がすごいしょっぱかった記憶があります。

ちょうど歩道橋の上だったので、めまいがしてグラグラしたのです。

手すりにつかまって落ち着くのを待っている間、

 

なんか、もう疲れた。飛び降りようかな?

と、思ってしまったのが思い出されます。

でも親の事を考えるとそんなことはできませんでした。

 

悔しかったです。でも何をすれば・・・

 

自分で出来ることは全てやりました。

本をたくさん買ってきて「うつ病」の勉強をしました。

食べ物も、ナッツが良いとかバナナが良いとか豚肉がよいとか試しました。

有酸素運動も良いとジョギングをしました。

どれも、うつ病のため体力と気力が無く続きませんでした。

 

こんな続かない事が解決方法なのか・・・

私は愕然としました。

倒れるサラリーマン

倒れるサラリーマン

希望が私を最初に救った。それは帰郷

 

私にとっての希望。

それは帰郷でした。

 

私は夜道をアパートに向かって泣きながら母親に電話しました。

 

もうだめかもしれない。つらい。

そうしたら、間髪入れずに母親が、

「そんな会社明日やめて、実家に帰ってきなさい」

 

は!っとなりました。たしかにな!と。

 

本当に一か月後実家に帰りました。

(辞表を出して、アパートもちゃんと引き払いましたよ。夜逃げはしてない!)

 

話し相手ができたことは本当に良くなる要因でした。

でも新しい仕事もやっぱり時間が経つとダメになりました。

どうしても心が良くなり切らなかったんです。

 

都落ちして、落ち込んで、やっぱり落ち込みました。

東京に居る時よりは確実に良かったと今なら思えます。

でも当時の私は悪い中にどっぷり入っていたのでそれすらわかりえませんでした。

 

諦める機会はありましたが、私はどうしても自立したい気持ちはありました。

だから震える足で会社に通い続けました。

会社が人が怖くて仕方なかったのです。

当然ですが、双極性障害だったので危なかったのだと思います。

リーマスを飲んで安定していなかったのですから。

 

ただ、やり続けて悩んだことそれ自体は自信につながりました。

頑張ったあかしだよ。

頑張った自分を褒めることをしよう。

 

これが私を前に進める力でした。

そう、勧める力をくれるのは自分自身の応援だったんです。

いつも一緒にいる自分だから歩みを止めないで来れたんです。

海辺で休暇サラリーマン

海辺で休暇サラリーマン

何度も病院を変えて双極性障害にたどり着く

 

東京から数えて5回病院を変えています。

5個めの病院で双極性障害と診断されました。

 

 

なんだその病気は!

うつ病だったんじゃないのか?

 

 

脳天を割られたように、今までの勉強の概念が崩れました。

 

ところが、

双極性障害という事が判明し、リーマスを飲むようになって劇的に良くなった。

 

これ、ほんの一瞬!

 

なんで今までリーマスを飲んでいなかったのか?

なんで今までの先生は双極性障害と見抜けなかったのか?

 

紙粘土を水に入れたみたいに体が硬いところから一気に柔らかくなりました。

劇的な変化って一瞬で、そして身近にあるんだ!

もちろん、完全には良くなっていないけれど、画期的に良くなったのがわかるのは嬉しかった。

 

つまり、今がベストなのか?

次がベストなのかはわかりませんが、平行線をたどっている状態では薬か病院があっていないのかもしれません。

 

実は楽になる方法はどこかには必ず用意されているから。

用意されている環境は物を探すのは良い事だと思うのです。

窓の外を見ている犬

窓の外を見ている犬

ゆっくりでいいので進むと良い事があるよ

 

私は悩みながら歩き続けたことを褒めたい。

 

双極性障害と診断されるまで病院を5回変えている。

4回目であきらめていたら、挫折の連続で終わっていた。

5回目の病院まで10年かかりました。

私はちょっと変わりものなので、ほかの人はもっと早いと思うけどね。

 

一瞬の変化で最悪の状態から回復の状態になる。それは本当に一瞬なんです。

だから明後日かもしれないし、明日かもしれない!

もしかしたら、数時間後かもしれない!!!

 

その為に、ゆっくりでも良いので歩みを止めないでほしい。

休む事は良い事だけど、疲れが取れたら少しでも進んでみてください。

そして、歩き続ける自分を褒めてあげてください。

 

今悩んでいるのは歩いているという事だから。

 

歩いていくと、人によってさまざまですが何かきっかけが目の前にあわられます。

それこそ、あなたが歩き続けて出会いたい何かです。

何かを認識することはありません。

何かにぶつかれば、自然と状況と体調が良くなるのですから。

 

ちょっとしたきっかけで必ず変わるから期待しすぎないで待ってみてください。

私のように心が良くなる瞬間がきっとありますから。

 

そして、歩み続けてきっかけに出会う事ができれば、双極性障害やうつ病の精神疾患とはさようならができます。

それは、私自身実感しています。

 

いろいろと心を鍛えてくれたこの病気に感謝して卒業することができる日が楽しみですよね!

 

その他、私の多数の体験談は↓こちらから全て見れます。

私の双極性障害体験談-すべての一覧

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